社内AIを安全に使うための設計|RAG前提のセキュリティと権限管理【全8回/第6回】
- テクノロジー
- 2026/1/19
- 2026/1/4
社内AIを業務で活用するうえで、避けて通れないのが「セキュリティ」と「権限管理」の問題です。特にRAG前提の社内AIでは、社内資料や業務情報をAIが参照するため、設計を誤ると情報漏洩やガバナンス上のリスクにつながります。
「社内向けだから大丈夫」という認識のまま導入すると、後から取り返しのつかない問題が発生することもあります。
本記事では、RAGを前提とした社内AIを安全に使うために押さえるべきセキュリティ設計と権限管理の考え方を、実務視点で整理します。
社内AIにセキュリティ設計が不可欠な理由
「社内向け」だからこそ起きやすいリスク
社内AIという言葉から、 「社内だけで使うのだから、それほど厳密なセキュリティは不要ではないか」 と考えてしまうケースは少なくありません。 しかし実際には、社内向けであること自体がリスクを高める要因になることがあります。
社内AIは、不特定多数ではなく、 業務に関わる多くの社員が日常的に利用する仕組みです。 そのため、利用頻度が高く、 扱われる情報も具体的かつ実務に直結した内容になります。
例えば、 業務手順、取引条件、社内ルール、判断基準といった情報は、 外部に漏れなくても、社内で見せるべきでない相手に見えてしまうだけで問題になるケースがあります。
また、社内AIは「便利だから使われる」存在です。 便利さが増すほど、 本来は想定していなかった用途で使われたり、 情報の扱いが雑になったりするリスクも高まります。
このため、 社内AIでは 「外部からの攻撃」だけでなく、内部利用を前提としたリスクを考慮したセキュリティ設計が必要になります。

RAGが扱うのは業務の核心情報
RAGを前提とした社内AIが扱う情報は、 単なる一般知識ではありません。 社内規程、マニュアル、FAQ、業務資料など、業務の判断や行動を左右する核心情報がその対象になります。
これらの情報は、 人が直接資料を探して確認していたときは、 閲覧にある程度の手間がかかっていました。 しかし、社内AIでは、 質問一つで瞬時に引き出せるようになります。
これは業務効率を大きく高める一方で、 情報へのアクセス障壁を一気に下げることも意味します。 その結果、 「知る必要のない人が簡単に知れてしまう」 状態が生まれる可能性があります。
さらに、RAGでは回答とともに 根拠となる資料の一部を引用する設計が一般的です。 この引用部分にも、本来は限定的に扱うべき情報が含まれる可能性があります。
だからこそ、 RAGを使った社内AIでは、 技術的な精度向上と同じくらい、セキュリティと権限設計が重要なテーマになります。 これを軽視すると、 便利さがそのままリスクに変わってしまいます。
社内AIで最低限守るべきセキュリティ観点
認証(誰が使えるか)
社内AIのセキュリティ設計で、 最初に考えるべきなのが認証です。 つまり、「誰が社内AIを使えるのか」を明確にすることです。
社内向けであっても、 ログインなしで誰でも使える状態は避けるべきです。 業務情報を扱う以上、利用者が特定できる状態であることが前提になります。
多くのケースでは、 社内アカウント(SSOや社内ID)と連携し、 個人単位で利用者を識別する形が現実的です。 これにより、 「誰が、いつ、社内AIを使ったのか」 を後から確認できるようになります。
認証は、 不正利用を防ぐためだけでなく、 ログと結びつけるためにも重要です。 利用者が特定できなければ、 ログは単なる統計情報にしかなりません。
社内AIでは、 「使わせない人を決める」というよりも、使っている人を把握できる状態を作るという意識で認証を設計することがポイントです。

認可(何にアクセスできるか)
認証が「誰か」を決める仕組みであるのに対し、 認可は「何にアクセスできるか」を制御する仕組みです。 社内AIでは、この認可設計が特に重要になります。
なぜなら、 社内資料はすべての社員に公開してよいものばかりではないからです。 部門限定の資料、 管理職のみが参照すべき情報など、 情報の公開範囲には差があります。
RAGを使った社内AIでは、 AIが参照できる資料の範囲を利用者の権限に応じて制御する必要があります。 これができていないと、 本来は見せるべきでない情報が 回答や引用として表示されるリスクがあります。
理想的なのは、 資料自体にアクセス権限を持たせ、 RAG側でもその権限を引き継ぐ設計です。 これにより、 人が資料を閲覧する場合と同じルールを、 社内AIにも適用できます。
ログ(誰が何を見たか)
社内AIのセキュリティを考えるうえで、 ログは欠かせない要素です。 ログは、問題が起きたときの調査手段であると同時に、 抑止力としても機能します。
最低限記録すべきなのは、 「誰が」「いつ」「どんな質問をし」 「どの資料が参照されたか」といった情報です。 これにより、 不適切な利用がなかったかを後から確認できます。
また、 ログが取られていることを明示するだけでも、 利用者の行動は慎重になります。 これは、 内部不正や情報の持ち出しを防ぐうえで、 意外に大きな効果があります。
重要なのは、 ログを取ること自体が目的にならないことです。 ログは、安全に使い続けるための保険として位置づけるべきものです。
RAG前提で考える権限設計の考え方
資料単位でのアクセス制御
RAGを前提とした社内AIでは、資料単位でのアクセス制御が非常に重要になります。 なぜなら、RAGは資料を横断的に検索し、 その一部を引用して回答を生成する仕組みだからです。
もし、すべての資料を一律に扱ってしまうと、 利用者の権限に関係なく、 機密性の高い情報が回答に含まれてしまう可能性があります。 これは、社内AIにおける典型的なリスクの一つです。
そのため、 社内資料にはあらかじめ 「誰が閲覧できる資料なのか」 という権限情報を持たせておく必要があります。 RAG側では、利用者の権限に合致する資料のみを検索対象とする設計が求められます。
理想的なのは、 既存の社内システムで管理している アクセス権限をそのまま流用することです。 人が資料を閲覧できる範囲と、 社内AIが参照できる範囲を一致させることで、 運用上の混乱を防げます。
この設計により、 「資料は見られないのに、AI経由では内容が分かる」 といった不整合を防ぐことができます。 これは、 社内AIへの信頼を守るためにも欠かせないポイントです。

部門・役職による情報の出し分け
社内AIでは、 資料単位の権限管理に加えて、部門や役職による情報の出し分けを考慮する必要があります。
例えば、 全社員共通の業務ルールと、 管理職のみが参照すべき判断基準では、 情報の扱い方が異なります。 これを同じレベルで扱ってしまうと、 不要な混乱や誤解を招く可能性があります。
RAGでは、 検索対象の資料を 利用者の属性に応じて切り替えることが可能です。 部門、役職、プロジェクト単位など、業務上の区分をそのまま権限設計に反映することで、自然な使い分けが実現します。
この設計のポイントは、 細かく分けすぎないことです。 権限が複雑になりすぎると、 運用が破綻しやすくなります。 まずは、 大きな区分で情報を分け、 必要に応じて調整していくのが現実的です。
RAG前提の社内AIでは、 「何でも答えるAI」を目指すのではなく、立場に応じて適切な情報を返すAIを目指すことが、 安全で使われ続ける設計につながります。
ログとセキュリティの関係
ログは監査だけでなく抑止力になる
社内AIにおけるログは、 問題が起きたときの調査手段として 語られることが多いですが、 それ以上に重要なのが抑止力としての役割です。
「誰が、いつ、どんな質問をし、どの資料が参照されたか」 が記録されていると分かっているだけで、 利用者の行動は自然と慎重になります。 これは、不正利用や不用意な情報取得を防ぐうえで、 非常に現実的な効果があります。
特に社内AIは、 検索よりも簡単に情報へアクセスできるため、 無意識のうちに 「見なくていい情報」に触れてしまうリスクがあります。 ログは、そうした行動に対するブレーキの役割を果たします。
また、ログがあることで、 利用者側も安心して社内AIを使えます。 万が一問題が起きた場合でも、 行動履歴をもとに事実確認ができるため、 個人の責任問題に発展しにくくなります。
このように、ログは 「管理者のための仕組み」ではなく、安全に使うための共通基盤として位置づけることが重要です。

見せるログ・見せないログの線引き
ログは重要な情報ですが、 誰にでもすべてを見せればよいわけではありません。 ログ自体にも、アクセス権限の設計が必要になります。
例えば、 詳細な質問内容や参照資料の情報は、 管理者や運用担当者のみが閲覧できるようにするのが一般的です。 一方で、 利用者自身が自分の利用履歴を確認できるようにすることは、 透明性の観点で有効です。
この線引きを誤ると、 プライバシーへの不安が高まり、 社内AIが使われなくなる原因になります。 ログは監視のためではなく、改善と安全確保のためのものであることを明確に伝える必要があります。
そのためには、 ログの目的、保存期間、閲覧権限を あらかじめルールとして整理し、 利用者に周知しておくことが重要です。
RAGを前提とした社内AIでは、 ログもまた「設計すべき対象」です。 見せるログと見せないログを整理することで、 安心して使える運用環境が整います。
やりすぎないセキュリティ設計

厳しすぎる制限が使われなくなる理由
社内AIのセキュリティ設計で陥りがちなのが、安全性を優先するあまり、使いにくくなってしまうというケースです。
例えば、 権限が細かく分かれすぎていて 自分が何にアクセスできるのか分からない、 質問のたびに確認や承認が必要になる、 といった状態では、 利用者は次第に社内AIを使わなくなります。
社内AIは、 日常業務の中で使われて初めて価値を発揮します。 使うたびにストレスを感じる仕組みでは、 どれだけ安全でも意味がありません。
また、 「これは聞いていいのか分からない」 という不安を与えてしまうと、 利用者は無難な質問しかしなくなり、 社内AIの活用範囲が狭まってしまいます。
セキュリティ設計は、 利用者を縛るためのものではなく、安心して使える状態を作るためのものであるべきです。
現実的なバランスの取り方
やりすぎないセキュリティ設計のポイントは、「守るべき情報」と「使わせたい情報」を分けることです。 すべてを同じレベルで扱う必要はありません。
まずは、 全社員が参照して問題ない資料と、 限定的に扱うべき資料を大きく分けます。 そのうえで、 重要度の高い情報にだけ、 厳格な権限管理を適用するのが現実的です。
また、 ログが取得されていることを前提にすれば、 多少の自由度を持たせることも可能になります。 ログによる事後確認を組み合わせることで、 過度な事前制限を減らせます。
重要なのは、 セキュリティを「止める仕組み」にしないことです。 業務を前に進めながら、 リスクを管理できる状態を目指すことが、 社内AIにとっての理想的なバランスと言えます。
RAG前提の社内AIでは、 技術的な制御と運用ルールを組み合わせることで、 無理のないセキュリティ設計が可能になります。
まとめ:安全設計が社内AIの信用を作る
RAG運用は技術よりルール設計が重要
第6回では、 RAGを前提とした社内AIにおける セキュリティと権限設計について整理してきました。 ここで強調したいのは、 社内AIの安全性は、 高度な技術だけで実現されるものではないという点です。
誰が使えるのか。 どの資料にアクセスできるのか。 ログはどこまで残し、誰が確認できるのか。 こうした運用ルールの設計こそが、 社内AIの安全性と信頼性を支えます。
RAGを使った社内AIは、 業務の核心に近い情報を扱います。 だからこそ、 「便利だから使われる」だけでなく、安心だから使われ続ける状態を作ることが重要です。
過度に厳しい制限は利用を妨げますが、 ルールが曖昧なままでは、 不安や不信感を生みます。 適切なバランスで設計されたセキュリティは、 社内AIを業務に定着させるための土台になります。
社内AIの信用は、 回答精度だけで決まるものではありません。 安全に使えるという前提があって初めて、 現場はAIを業務ツールとして受け入れます。
社内AIの導入パターンと選び方
第6回では、 社内AIを安全に運用するための セキュリティと権限設計を扱いました。 しかし、 「では、どういう形で導入するのが自社に合っているのか」 という疑問は、まだ残っているはずです。
内製するべきか。 プロダクトを使うべきか。 外部と連携するヘッドレス型がよいのか。 社内AIには、いくつかの導入パターンが存在します。
次回は、 社内AIの導入パターンと選び方 をテーマに、 それぞれの特徴や向いている組織の考え方を整理します。 自社にとって無理のない導入方法を判断するための、 実務的な視点を解説していきます。